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年を取ってきたら白内障や緑内障になるのは体が長生きを想定していないからだ

年を取ってきたら白内障や緑内障になるのは体が長生きを想定していないからだ

先日、眼科の定期検診に行ったとき、待合室で「白内障・緑内障について」というパンフレットをぼんやり読んでいた。「加齢に伴って発症しやすくなります」という説明を読みながら、ふと「なぜ歳を取ると目が衰えるんだろう」と改めて考えてみた。

調べていくうちに進化論的な視点から老化を説明する研究に行き当たって、「なるほど、そういう見方もあるのか」と思ったので、自分なりに整理してみた記事です。少し残酷な見方でもあるので、あくまで一つの視点として読んでもらえると嬉しい。

白内障と緑内障、基本のおさらい

まず自分の理解の整理から。白内障は、目のレンズにあたる「水晶体」が濁っていく病気だ。カメラのレンズが曇ったような状態で、視界がかすんだり光がまぶしく感じたりする。日本では70歳以上の方の約9割に何らかの白内障が認められるというデータがあるらしい。9割という数字はなかなかインパクトがある。

緑内障のほうは、眼圧の上昇などが原因で視神経が傷み、視野が欠けていく。一度欠けた視野は元に戻らない。日本人の失明原因の第1位で、40歳以上では約5%に発症しているとも言われている(2000年代の多治見スタディという研究より)。自覚症状が乏しくて気づきにくいのが厄介なところだ。

どちらにも共通しているのは、加齢が主要なリスク因子だということ。長生きするほど発症しやすくなる。この「なぜ?」を少し掘り下げてみた。

目のレンズと老化
水晶体は生涯を通じて細胞が積み重なり続ける、少し特殊な組織だ

進化論から老化を見てみると

生物学的な観点で「なぜ体は老化するのか」という問いには、いくつかの説明がある。そのひとつが「進化的な最適化の範囲」という考え方だ。

人類の祖先が狩猟採集をしていた時代、平均寿命は30〜40歳程度だったと推定されている研究がある(もちろん幼児死亡率の影響が大きく、諸説あるが)。子どもを産み育てる世代をサバイバルして遺伝子を次世代に渡せれば、生物としての使命は一定果たせる。そうした長い長い時間の中で、体の設計は「子育てが終わる頃まで」を主な最適化の対象にしてきた、という見方だ。

60代・70代の目が正常に機能することへの進化的な選択圧は、比較的弱かった——というのが、この視点からの一つの解釈になる。「設計の欠陥」というより「設計の射程」の問題、と言い換えることもできるかもしれない。

水晶体の構造も面白くて、生涯にわたって新しい細胞が加わり続けるが、古い細胞は排除されない仕組みになっている。中心部に古い細胞が積み重なることが、白内障の一因とされている。この「古い細胞を捨てない設計」が長寿の時代には問題になってくる、というのも考えてみると不思議な話だと思う。

「拮抗的多面発現」という概念

調べていて知ったのが「拮抗的多面発現(antagonistic pleiotropy)」という考え方だ。ある遺伝子特性が若い時期には有利に働くが、高齢になると逆に害をもたらすというメカニズムのことらしい。

骨の形成に関わるシグナルが若い時期には骨を丈夫にするけれど、高齢では動脈硬化のリスクを高めるかもしれない、という例が挙げられることがある。若い頃に有利な特性を選択し続けた結果、老年期に副作用が出てくる——老化の一部はそういう意図せぬ副産物として理解できる面もある、ということのようだ。

もちろんこれは一説であって、老化のメカニズムは非常に複雑で、単一の原因で説明できるものではない。ただ、「老化は設計ミスではなく、進化の文脈では合理的な帰結かもしれない」という見方は、個人的にはなるほどと思うものがあった。

進化と寿命の関係
人類の体が最適化してきた時間軸と、現代の寿命とのギャップを考えると興味深い

医療が「設計外の期間」を補っているという見方

ここで少し気持ちが明るくなったのが、医療の話だ。

白内障の手術は、濁った水晶体を取り除いて人工レンズを入れる処置で、所要時間は15〜20分ほど。局所麻酔で行え、視力回復の効果が高い手術として知られている。日本での年間手術件数は130万件以上とも言われていて、世界的にも成功率の高い手術のひとつだそうだ。

人工レンズには紫外線カット機能が付いていたり、老眼も同時に補正できる多焦点タイプもある。進化が「設計しなかった80歳の目」を、医療工学が後付けで補っている——という見方をすると、なんだかSFみたいで面白い。

緑内障は点眼薬で眼圧をコントロールして進行を抑えることはできるが、失われた視野を回復することは現時点では難しい。だから定期的な検査で早期に発見することが大切になってくる。

「年だから仕方ない」で済ませると損かもしれない

自分が気になったのは、「年だから目が悪くなるのは仕方ない」という意識が、早期発見を遅らせてしまうことがあるかもしれないという点だ。

緑内障は初期段階では自覚症状がほとんどない。視野の端が少しずつ欠けていくけれど、もう片方の目が補うので気づきにくい。日本の緑内障患者の多くが未発見・未治療のまま生活しているという推計もある(古いデータではあるが、現在でも受診率が十分高いとは言いにくい状況のようだ)。

40歳を過ぎたら年1回の眼底検査と眼圧測定を受けることが推奨されているらしい。自分も改めてちゃんと行こうと思った。「設計の射程外」を生きているなら、こまめなメンテナンスが必要になる——車で言えば定期点検を丁寧にやる感覚に近いかもしれない。

眼科と近代医療
白内障手術は年間130万件以上。医療が老化の課題を静かに補い続けている

結局、何が言いたかったかというと

まとめると、白内障や緑内障が加齢で増えるのは「体の設計の射程が現代の寿命に追いついていない」という進化論的な文脈で説明できる面があるらしい、というのが調べて分かったことだ。これは諦めの理由ではなく、「だからこそ積極的にケアしよう」という動機になる気がしている。

医療はその「射程の外」を補ってくれる。平均寿命が30〜40年だった時代に最適化された体で80年生きるのは、言ってみれば設計を超えた挑戦だ。そのために医療という道具を使うのは、とても自然なことだと思う。

目が衰えるのは「設計通り」かもしれないけれど、人間はその設計書に追記し続けている。そういう意味では、老化の話は案外前向きな話でもあるかもしれない、と感じた眼科の帰り道だった。

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