中東問題
パレスチナをめぐるユダヤ人とアラブ人の対立は、20世紀最大の未解決問題の一つです。歴史的経緯を踏まえ、なぜこれほど複雑になったのかを理解しましょう。
イスラエル建国とパレスチナ問題の起源
パレスチナはかつてオスマン帝国領でしたが、第一次世界大戦中にイギリスは三枚舌外交で矛盾する約束をしました。①アラブ人に独立を約束(フサイン=マクマホン協定1915)、②ユダヤ人にパレスチナでの「民族的郷土」建設を支持(バルフォア宣言1917)、③フランスと中東を分割統治する密約(サイクス=ピコ協定1916)。第二次世界大戦後、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人600万人虐殺)を経て、国際世論はユダヤ人国家建設に傾きます。1948年5月14日、イスラエルが建国を宣言すると翌日から第一次中東戦争(1948-49)が勃発しました。
📘 中東戦争の一覧
第一次(1948-49):イスラエル建国直後、アラブ連合軍vs イスラエル→イスラエル勝利
第二次(スエズ戦争・1956):エジプトのスエズ運河国有化→英仏イが攻撃→米ソの圧力で撤退
第三次(六日戦争・1967):6日間でイスラエルがシナイ半島・ヨルダン川西岸・ガザを占領
第四次(ヨム=キプール戦争・1973):エジプト・シリアが奇襲→石油危機(第一次オイルショック)
第一次(1948-49):イスラエル建国直後、アラブ連合軍vs イスラエル→イスラエル勝利
第二次(スエズ戦争・1956):エジプトのスエズ運河国有化→英仏イが攻撃→米ソの圧力で撤退
第三次(六日戦争・1967):6日間でイスラエルがシナイ半島・ヨルダン川西岸・ガザを占領
第四次(ヨム=キプール戦争・1973):エジプト・シリアが奇襲→石油危機(第一次オイルショック)
和平の試みと現在
1973年の第四次中東戦争後、OPEC(石油輸出国機構)がイスラエル支援国への石油禁輸を断行し第一次オイルショックが起こりました。1979年にエジプトとイスラエルがキャンプ・デービッド合意(米カーター大統領仲介)で和平。1993年にはオスロ合意(パレスチナ解放機構・PLOとイスラエルが相互承認)が成立し、パレスチナ暫定自治が始まります。しかしヨルダン川西岸のユダヤ人入植地問題・エルサレムの帰属・ガザ地区の封鎖など根本問題は未解決のまま続いており、2023年のガザ衝突など紛争は断続的に続いています。
練習
- イギリスが1917年に行ったユダヤ人への民族的郷土建設を支持する宣言の名称は。
- 第四次中東戦争(1973年)をきっかけに起きた世界経済への大打撃は何か。
- 1993年にPLOとイスラエルが相互承認した合意の名称は。